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活動報告 No.14(2015.1.24)

 学生時代、ある友人がこんな疑問を抱きました。「タイムアップする(速く走る)ために太いタイヤを履くことがあるけど、どうして? 物理で習う摩擦力の式には接触面積が登場しないのに…」
 実はこの問題、単純な摩擦力の式 F=μN (μ:摩擦係数、N:垂直荷重)では答えのたどり着くことができません。摩擦という現象がどうして発生するのか を考えるとようやく答えを得ることができるのです。いわゆるトライボロジーという学問です。今回は、そのトライボロジーの知見を借りて先述の疑問「タイムアップする(速く走る)ために太いタイヤを履くことがあるけど、どうして?」 を考えてみます。

疑問の整理

 冒頭ですでに述べたことですが、もう一度今回考えてみる疑問を整理してみます。(1)速く走るために太いタイヤを履く→(2)タイヤと路面との接触面積を大きくする→ (3)タイヤと路面の間に発生する摩擦力が大きくなる→(4)タイヤのグリップ力が増加する→(5)タイムアップに繋がる… 今回考えるのは(2)→(3)へのメカニズムです。再述となりますが、摩擦力の式 F=μN (μ:摩擦係数、N:荷重)には接触面積はパラメータに含まれおらず、 摩擦係数とタイヤに作用する荷重のみです。タイヤ幅を換えた場合、タイヤへの圧力は変化しますが荷重が増加するわけではありません。つまり、摩擦力が大きくなるという答えは得られないのです。

摩擦力が発生する仕組み

 まずは、摩擦力が発生する仕組みを考えます。実は、今でもこれだ!という答えは得られていないのが現状で、あくまでも“有力説”にとどまっているのですが まとめてみます。
 キーワードは「凝着」です。右図に接触する物体の接触界面の様子を模式的に示します。 物体同士を接触させた際、実は本当に接触しているのは極めて小さな部分(真実接触面積という)なのです。これは表面の粗さが要因で、さまざま研究結果によると 真実接触面積はマクロ的に見た接触面積(見かけの接触面積)の1/1000~10000といわれています。そしてこの極めて小さな領域で物体同士が凝着することで物体同士の滑りに対する抵抗力が 発生し、それが摩擦力となるのです。凝着した微小部分が外力に負けてせん断破壊した時、「滑り」が発生します(右図参照)。

荷重と摩擦力の関係

 上では摩擦力の発生メカニズムを説明しました。その発生メカニズムをベースに荷重と摩擦力の関係を考えてみます。
2つの物体が接触すると真実接触面積で凝着が発生します。荷重が大きくなると真に接触している部分は押しつぶされ、その接触面積は大きくなります。 したがって、凝着した部分のせん断強さは大きくなります。マクロ的に見るとそれは滑りが発生する時の外力が大きくなったことになります。そして、荷重と摩擦力で整理すると 荷重が大きくなるに従い摩擦力が大きくなるという関係が得られます。


 ここからが重要です。荷重と摩擦力関係を今までの知識F=μNで考えると、荷重が大きくなると摩擦力もいくらでも大きくなるのですが、“実際”はそうならないのです。 実際には以下の図の赤線のように荷重が大きい場合、荷重と摩擦力は比例関係ではなくなります。つまり荷重が増加しても摩擦力は大きくならなくなります。その理由は、同じ図中に 示した真実接触面積の模式図をご覧いただければ分かると思います。荷重が比較的小さい段階では荷重の増加とともに接触部分が変形し、凝着する面積が大きくなります。ところが、 荷重が大きくなった段階では、凝着部分はすでに変形が進行してしまっているため、それ以上の荷重が付加されても凝着面積が増加しないのです。つまり、外力に対するせん断強さも 増加せず、摩擦力の増加につながらない結果となります。以上が、荷重と摩擦力の関係が荷重の増加とともに比例関係を失う理由です。
 F=μNの式に接触面積(見かけの接触面積)が登場しない理由もこれで理解いただけると思います。摩擦の発生機構に関係のないパラメータなので登場しないのです。


速く走るため太タイヤを履く理由について

 いよいろ本題、速く走るため太タイヤを履く理由を考えます。結論から言うと「タイヤ幅を太くして、荷重と摩擦力が比例関係を保つ荷重領域を増やすことでグリップの限界が上がるから」です。 下図に細いタイヤと太いタイヤの荷重と摩擦力の関係を模式的に示します。荷重と摩擦力が関係を失う荷重を限界荷重と呼ぶことにすると、細いタイヤの限界荷重より太いタイヤの限界荷重の方が 大きくなります。つまりコーナリング時にタイヤに作用する荷重が細いタイヤの限界荷重よりも大きい場合でも、太いタイヤならばその荷重に応じて摩擦力も増加するためグリップすることが できるのです(図中のL)。加速時、減速時にも同じことが言えます。ということは、細いタイヤを履いて走る場合において、必要なグリップ力がそのタイヤの限界荷重を超えない荷重で発生させられる 摩擦力以下ならば太いタイヤを履く必要はないということになるます。実際、転がり抵抗などを考えるとむやみに太いタイヤを履くことが走りを遅くしてしまいます。軽自動車でフル加速する場合、 標準タイヤでもホイールスピンしないですよね。そんな状況でさらに太いタイヤを履いたらどうなるでしょう? 転がり抵抗やイナーシャの増加で加速が良くなるどころか悪化してしまいます。

最後に余談を…

 ホンダのWebサイトにこんな記事があります。 「タイヤのグリップ力は、タイヤが多少滑っている時の方が大きい」と。静止摩擦と動摩擦の関係を知っている方ならどうして?と感じるのではないでしょうか。 答えは真実接触面に着目すると得られます。「滑ることで凝着に適した面が露出するため」、「熱が発生することで、拡散による凝着が促進されるため」、「熱により表面が軟化し、路面の凹凸に 食い込むため」などが答えとしてあります。実際にはグリップ力が最大となる滑りを一定に発生させることは難しいので、基本的には滑らないようにタイヤを選ぶ、走り方を調整するなどが行われています。

以上で今回の報告をおわります。

参考図書

  • 角田和雄 著:トコトンやさしい 摩擦の本(日刊工業新聞社)
  • 佐々木信也 他6名 著:はじめてのトライボロジー(講談社)

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